208の石段を上がったところに、慶応2年の「四境の役(第二次長州征伐)」及び明治維新の戦乱で戦死した14名の霊が祀られています。戦地となった山口県で「四境の役」と呼ばれる戦いは、一般的には「第二次長州征伐」と呼ばれ、幕府軍の征長軍が「芸州口」、「石州口」、「小倉口」、「大島口」から長州藩に攻め入り、それら4つの国境が戦場となったことがその名の由来となっています。 湯野地区を代表する紅葉の名所であり、石段を囲うように赤く色づく紅葉は、美しいの一言です。