速玉町にある孝女阿米像(こうじょおよねぞう)。寛政3年(1791年)、旧徳山市橋本町に生まれた阿米は、6歳で母親を亡くし、12歳のとき、父親が病にかかってから、31年間苦労をいとわず、生涯をかけて看病に勤しみました。阿米の立派な行いは、当時の徳山藩主から何度も賞されたそうです。
この像は、阿米が病気の父親を背負い、病気の快復を願って、四国遍路をしている姿です。阿米の慈しみ深い表情は、現代を生きるわたしたちにとっても示唆に富みます。
また、川端町にある徳応寺には、父母のお墓に並んで阿米のお墓があり、今でも人々が供養に訪れています。