児玉源太郎は、嘉永5年(1852年)2月25日にこの地にあった児玉家の屋敷で生まれました。源太郎誕生の際に使われていた井戸が保存されており、「児玉大将産湯之井戸(うぶゆのいど)」の標石があります。
児玉家は、元治元年(1864年)、藩内での幕府との関係を巡る対立の影響により家名断絶となり、屋敷は没収されました。しかし翌年、源太郎が家名相続を許され、現在児玉神社がある場所に新しい屋敷が与えられました。
この屋敷跡は明治になって源太郎が買い戻し、明治36年(1903年)にふるさとの後進育成を願い、近代的な私立図書館「児玉文庫」を開設しました。児玉文庫は、昭和20年(1945年)、太平洋戦争中の徳山空襲で焼失するまで、明治、大正、昭和と子弟の教育へ大きな役割を果たしました。
現在の周南市立中央図書館は、児玉文庫にちなみ、愛称を「児玉文庫メモリアル」と定め、児玉源太郎が故郷に託した志を引き継ぐこととしています。館内には、児玉源太郎と児玉文庫に関する貴重な資料の展示コーナーがあります。
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